年末年始に親戚一同が集まった際に、この映画の話題が出た。わたしよりも二回り上の叔父さん連中には、もっぱら評判が良く、是非とも観ろ!と強く薦められた。わたしは時代劇を観ることに抵抗もないし、昨今の時代劇と呼ばれる映画が、侍の姿格好をしてはいるが現代にも通じる人間ドラマであることを理解していたが、叔父さん連中のはなしを聞くに、年配の男性、それも年頃の娘を持つ、あるいは娘を嫁がせたお父さんが観る映画のように思えてならなかった。そんな映画を俺は誰に感情移入して観ろと言うのか・・・。
しかし、まあ強く薦められるし、監督が 『 北の国から 』 の演出か監督をした方だということなので、田中邦衛の 「 まだ、子供たちが食べてるでしょうーが! 」 に勝るとも劣らない感動が得られるのではないか?と期待して観に行った。
大石内蔵助が吉良邸に討入りする直前、忠臣である役所広司に密命を下す。それは、京にいる自分の隠し子(桜庭ななみ)の面倒を見てほしいということだった。しかし、他の浪士からは討ち入り直前に袂を分ったと見られ、以後肩身の狭い思いをすることになる。討入り後、唯一の生き残りとなった佐藤浩市は、討入りした浪士の遺族を援助する為、全国を行脚していた。
役所広司と桜庭ななみは、人里はなれた一軒家で慎ましく暮らしていた。役所はあくまで大石内蔵助の忠臣であって、桜庭ななみは唯一大石内蔵助の血を引く主君の娘。同じ屋根の下で暮らしながらも、主従関係が垣間見える。だがしかし、桜庭ななみは役所に対して、主従関係とは異なる感情を抱いていた。
役所もドキッ!としながらも、「 ちょっ・・・いいんですか? 」 的な口元のほころばせ方を見せるもんだから、『
最後の忠臣蔵 』 って、こんな映画やったんかー!?とその後は、俄然、役所広司に肩入れして映画を観たのだった(ぉぃ
前半は、そんな桜庭ななみのおやじ転がしプレイの一言一言に 「 ( ゚д゚)ハッ! 抱いてくださいって、いま言った?京ことばで、抱いてくださいって・・・はあぁぁぁ。 」 と映画館のシートで過剰に反応するわたし(ぉぃ しかし、そんな桜庭ななみに縁談が持ち上がり・・・幼きときから育てた役所広司は、最後の使命をそこに見出していく。
討入り以後の嫁入りのはなしのどこが忠臣蔵なのか?と、親戚の叔父さん連中からストーリーを聞いたときには、そー思ったものだが、映画の後半にきて 『 最後の忠臣蔵 』 が忠臣蔵たる理由がそこでわかった。ドォーン、ドォーン、ドォーン!とこれでもか!と押し寄せる波は、ベタではありながらも、日本人なら否定出来ない場面の連続。劇場内50人程入った年配者の鼻をすする音が聞こえた。